分子に対する可視光・紫外線の作用

いよいよここからが本論です。

実は、可視光と紫外線はかなり似た作用を持っています。つまり、受け皿の種類が同じなのです。その中身をみてみると、
可視光や紫外線のエネルギーは分子の中の「電子の遷移」に対応しています。「遷移」というのは、元々決められた位置
に居る電子が居場所を少し変えることです。こう聞いただけでは何のことかわからないかも知れませんが、高校の化学で
は、分子の中で原子と原子を繋いでいる結合の手は一対の電子だということを学びました。その電子の配置が変わるとい
うことは、非常に重大な結果をもたらせます。
 もうわかりますね?そう、結合の強さが変わることを意味します。そして、場合によっては結合が切れてしまったり、
新しい結合ができることにつながるわけです。つまり、光によって化学反応が引き起こされるのです。分子によっては光
からもらったエネルギーをそのまま光の形で返すことができるものもあるのですが(蛍光マーカーのインクなどがその代
表で、ビカビカ光っていますよね)、多くの分子は光を出さずに、熱を出したり化学反応を起こしたりします。そして、
重要なのはこの化学反応です。
 黄色やオレンジ色の表紙の本をうっかり窓際に置きっぱなしにしておいて、色が褪せてしまった経験があると思います。
インクの中の黄色の色素が補色である青色の光を吸収して化学反応が起き、分子がどんどん壊れてしまって、やがて色が
褪せてしまったわけです。分子も日焼けするのですね。では、身体の中の分子はどうなのでしょう?置きっぱなしにされ
た本の表紙の色素分子と同じように、化学反応を起こす可能性があります。そして、もちろん、その化学反応が最終的に
「日焼け」という生理的な現象となって現れてくるのです。

 ちょっと脱線してしまうのですが、「電子の配置が変わる」ということの関連で、とても大切な話なので、光のエネル
ギーによって「電子が遠くへ動く」ということについても述べておきましょう。
 可視光や紫外線によって、分子の中の結合が切れたり新たに出来たりすることは説明しました。そのほかに、分子が持
っている電子が隣の分子に動いていく場合があります。これを「電子移動反応」といいます。では、電子が動くとどうな
るかを考えてみましょう。もともと中性の分子が電子を1個失うと、プラスのイオンになりますね。逆に、電子をもらえ
ばマイナスのイオンになります。プラスとマイナスは引き合うので、放っておくとすぐに元に戻ってしまうのですが、バ
ケツリレーのように電子を次々に運んでいくシステムをうまく作ってやると、プラスのイオンとマイナスのイオンを別々
にすることができます。
 出来上がったプラスのイオンは電子を欲しがっており、マイナスのイオンは電子を離したがっています。つまり、プラ
スのイオンは電子を引きはがす力(酸化力)をもち、マイナスのイオンは電子を押し込む力(還元力)をもつことになる
わけです。このようにして、光のエネルギーで電気的な酸化還元力を発生させることができるのです。植物の光合成はこ
の究極的な例で、水を酸化して酸素を発生させ、その時にできる電子で二酸化炭素を還元してデンプンを作ります。
 私達光化学の研究者は長年にわたってこの反応を人工的に起こすシステムを作ろうと努力しているのですが、実際にや
ってみると非常に難しい課題が沢山あって、実現するのはまだまだ先のようです。後で太陽が大好きなはずの植物も日焼
けするという話をすると思いますが、そこで光合成の話がまた出てきますから光合成のメカニズムの概略を覚えておいて
下さい。