1999冬山記録 黒部奥鐘山北西稜から唐松岳経由遠見尾根下降


Dec 26-30(年内下山!)

メンバー

ブリ平(東海山岳会/KUAC OB)
サワンチ(無所属/KUAC OB)
いじら(京府大山岳部顧問/AACK/KUAC OB)



  • 12・25

    急行きたぐにで魚津へむかう.大阪駅のホームは,何やら若いおんなの子がおおく,冬山装備の登山者はほかに2名いるだけ. KinkiKidsのコンサートのながれのもよう.B平が米原からのってくる.京都からのりあわせた人が高岡あたりで声をかけてくる.その昔、下駄履きで祖母谷温泉まであるいていったという武勇伝からはじまって、誰を知ってる彼を知ってるというおきまりの展開。最初はうさんくさげに話していると,旧制富山高校>京大S>原研で,なんと府大でもいっとき物理を教えていたそうな.当然KUACでは、松浦コッテ氏のことはよくご存知。応微の山田先生の古い同級生の由。最後は、いささか恐縮してしまった。このきたぐににのって新潟経由で茨城ということらしい.なるほどそういう使い方があるかと思う。


  • 12・26

    魚津に5時すぎにつく.高岡に住んでるサワンチが始発の普通でやってくるのとおちあい,6時10分の地鉄で宇奈月へむかう.
    駅のあたりに雪はまったくない.天気は雨.とちゅうから雪もようとなる. 宇奈月はさすがに雪が積もっている.ヤッケとロンスパをつけていると,7時すぎとなる.
    無人の交番に,計画書をおいて雪のちらつく中を歩き始める.そのむかし,同じような時間帯に,この交番で「ちん」リーダーが計画書をだすとトランシを持っているかとスイカされてしまい,一同どうなるかと思っていたら,「いや,ぼくらラジオ2台持ってます」といって彼特有の気合で出てきてしまった.あの時は,それから名剣尾根に入るところだった.などと思い出しながら橋をわたるとすぐに歩行用トンネルにはいり,その後ほとんど外に出る事はない.あたらしいトンネルは,天井も高く幅もあって歩きやすいが,時々出てくる古い部分はザックが天井に当たり腰と膝を曲げて歩かねばならずひどく苦しい.昔はキスリングだったような気がするけどもう思い出せない.当時はカリマーのザックを使っていたけどあのザックに冬山の2週間分の装備がが入ったかどうか.
    時々,すれちがう関電関係者にあいさつしながら,ひたすらほこりっぽく薄ぐらいトンネルを歩きつづける.猫又につくころにはよれてくる.昔は,かなり外も歩いたのだが,いまごろはまったく外にはでないので狭いトンネルを20kmもあるくと息苦しくなってくる.たまに大きな鉄橋を渡るときに深呼吸する。
    鐘釣をすぎて,やれやれもう少しと思うが,なかなか小屋平につかない.B平とサワンチは,どんどんいってしまい,すぐに足音だけになってしまう.ピッチはやつらと違わないんだけど,歩幅が短くなっているのだ.あまりこのことは気にしていなかったけど,翌日から思い知らされる事となる. ようやくトンネルの中の距離表示が20にちかづき,ケヤキ平につく.14時すぎ.
    駅のホームにテントをはる.天気は,雪でかなりまじめに降っている.アイゼンをつけて取り付きの偵察に向かう.駅を出るとひざうえまでもぐる.橋をわたってしばらくいく.岩を削ったみちはコンクリが露出している.雪の中を小さな橋をわたってトンネルの手前までいく.歩行者は沢側の道をいくところ.トンネルの手前の浅いルンゼ状のところから取り付けるか.雪がついているかどうか,入山前は心配していたし,雪がついていればいたで雪崩の事も心配だった.なにせ,昔,12月にここをとおったときには,降雪中という事もあって,祖母谷温泉まで雪崩のなかのトラバースだった記憶がある.今回は雪崩る心配はあまりなさそうだ.
    もどって,夕食を作る.B平持参のキムチ鍋風ぺミカンとα米.さすがに現役時代の冬山食(=クズラーメン)は,だれも持ってきていない.というか,もう入手が難しい. その間にも雪は,しんしんと降り続く.


  • 12・27日

    夜半より雪がやんで晴間が見えだす.6:40アイゼンをつけて歩き始める.7:10昨日の偵察とおりトンネルのすぐ手前の浅いルンゼにとりつく.
    傾斜は急で膝上から腰近くまでもぐるが,雪は重くそこそこ安定している.ただし,重いのでラッセルは苦しそう.B平が60mくらいまっすぐラッセルし,サワンチに交代.頭の上に岩がでてくるようになり,しだいに薮の中になる.みると左のしわがしだいに尾根らしくなってくる.左の方にルートをとって尾根にあがる.途端にヤブ尾根のラッセルになる.木がじゃまであるきにくい.お願いしますとサワンチにいわれてしまう.ほんの少しラッセルしただけで,いきづまってしまう.やれやれ.これじゃあだいじょうぶかなあ.
    露岩がでてきたり急なやぶまじりの雪面がつづく.露岩の上にはいあがるためにはまず頭の上の雪をかき落とさないといけないのでトップは苦労している. 1248mがみえるようになるころには尾根もよほどしっかりしてきてしばらくは歩きやすくなる.ここから比較的狭い尾根の中に露岩や巨木がでてくるようになる.1248mの直下は,ここら辺でよくあるやぶまじりの露岩で,しかも足もとはきまりにくい雪でしんどいが,天気のよいのがまだすくい.猫又がよくみえる.
    12:30に1248mにあがると剣の方が見え始める.冬の光は弱くて,しだいに薄ぐらくなってくる.雪は膝下だが,傾斜が急になると腿あたりまでもぐってしまい,トップは苦労しているようす.
    このへんからBへいの作るステップに歩幅があわなくなってくる.あと10cm,いや5cm奥までつまさきを突っ込めればいいのに,それができないから,ステップを崩してしまう. これじゃあ1回生みたいだとおもいながらも,歩幅が伸びなくて苦しむ.一方,ぶり平サワンチの二人はまったく余裕である.針金とハシゴの残骸がでてくるあたりは,うすいブッシュを頼りに露岩や岩を抱いた巨木のねっこを突破する.数ピッチ続き,ところどころ緊張するところがある.
    奥鐘の頂上を目指していたが,傾斜も急だしラッセルがきつくなってきたので,一つしたの平坦地にテントをはる.というか,はいあがったらそこにテントをはる準備が二人によってはじまっていた次第.16:40.
    夕食は,ホリナカ製ぺミカンをベースにシチュー味.あすの天気もよさそうで,ここまであがってしまえば,今回の山行の核心は抜けたも同然で,気が楽になる.


  • 12・28

    5時おきで7:00スタート.2段ほど急な雪面を乗越すと奥鐘頂上7:30.今日も天気は快晴.白馬が朝日で赤い
    下りに露岩や笹の急斜面があったはずなのでアイゼンのままでいく.頂上から急な斜面を下ってそのままの方向でいくと黒部側におりてしまう.南越には左気味に降りなくてはいけない.視界が利かないと迷い込む可能性がある.雪がついてブッシュが隠れており尾根の線がはっきりしているので視界さえきけば迷う事はないだろう.
    降りきって1493への登りにかかるところでわかんにはきかえる.10月には水を求めてさまよっていたところだ.思いたってトップに出てラッセルしてみるが50mとつづかない.やれやれ.しまっていない上に重い雪質なのでがんばりがきかないのがなさけない.それにしてもワカンをはくのはいったい何年ぶりだろう?若い二人はジュラのわかん.ぼくは昔使っていた木製.途中で紐が切れるのじゃないかと多少心配はあったが,ワカンの性能自体に違いはないと思っていた.これがまったく甘い考えであった事を翌々日に思い知らされることになる.
    南越は9:30通過.だらだらと登って餓鬼のタンボ11:00.やすんでいると驚いた事に先の方から3人パーティがやってくる.トップでラッセルしていたサワンチと話していたらしく,遅れてやすんでいた僕らとはあまり話さずにすれちがう.どちらまで?あっちのほうへと剣を指す.荷物は35kgはありそう.こんなところで人に出合うとは!と絶句している.
    たしかにそうだけど,それは僕らの方がもっとおどろいたのだ.彼らと先に話していたサワンチによると富山の山岳会らしく,不帰の東面のとはんから餓鬼尾根経由北仙人尾根で白ハゲのとはんをするそうだ.府立大の人もいますよとサワンチがいうと,おお,あの伊藤先生の,ということで達男さんの名前は黒部から剣のどこで人にあってもたいていの人は知ってるのである.たいしたものだ.
    剣東面がきれいに見える.連中は今頃別山尾根かなとか思いながら写真をとる.夏にトレースしたルートを目で追いながら上流方面を見やる.それにしても,ここから見える五龍は高くて遠い.当初計画では餓鬼避難小屋までいければいいかと思っていたけどトレースもあるのでどんどん進んでしまい,二人のスピードについていけなくなる.避難小屋は埋まっているらしくまったく姿形がない.
    12:40通過.餓鬼山を超えて1914を超えたあたりまでいきたいという話で,二人はどんどんいってしまう.餓鬼山の登りは結構急でしんどい.遅くなっちゃったなあ,とおもいながら15:30ころたどりつくとすでにテントがはられていた.やれやれたすかった.夕食は,ホリナカ製ぺミカンをベースにカレー味。


  • 12・29

    昨夜から天候悪化の兆し.雪が降っている.6:50に出発.
    トレースを拾いながらいく.大黒鉱山跡の方までだらだらと下る.2079mへは尾根どおしではなくて目の前の急な雪面を2ピッチ直登する.トレースが消えているのでここの登りはしんどい.二人はあいかわらず強くて速いのでおいていかれてしまう.2079を9時すぎに通過.視界があまり利かないが,ときおりガスが切れて黒部の方が見える.剣も下の方が時折見える.2079のあたりは尾根幅が狭く巨木がでてくると右に左にとまわり込まねばならず,ゴジラ落しにはまって身動きが取れなくなる.斜面の直登にかかる.急斜面を2ピッチこえるともう11時.
    2500まであがると風が強くなり,しだいにクラストしてくる.視界は10mくらいか.先行する2人のトレースはわかんのままだが,僕の木製わかんでは爪がクラスト面にきかず苦労する.
    しばらくいって,これではだめだと思いわかんをあきらめる.アイゼンにするとクラスト面にはきくが頻繁に踏みぬくので,少々うんざりしてくる.スピードがぜんぜんあがらない. 唐松の頂上は以外に遠くて,視界がきかないせいもあって,何度もあそこを登りきれば頂上と思うがそこまでいってみるとまだ先に高いところがある.こんなことを3回くらい繰り返して,ようやく緑色のものがぼんやり見えてくる.あれ?誰かテントはってるの?まさかね.
    たどり着いてみると,二人がツェルトを張って待っていてくれた.13:50.30分くらい待ったという.まったくもうしわけない.唐松山荘に下る.14:10.ブリ平はまだ先にいくつもりだったみたい.後立山は冬小屋がない.厳重なもので,しかもあまりテントを張るよい場所もない.しかし,天気も悪いし,急ぐ理由のない僕とサワンチは,なんとなくテント張るモード.結局小屋の横にテントを張る.雪洞を掘っているもう一パーティがいるようだ. ブリ平は,学位論文の仕上げがあってあせり気味.なんだかひどく早く帰りたいみたい.サワンチのサラスパ・チリソース味に達夫さん御用達のインスタントパスタをあわせてたべる。風雪。


  • 12・30

    寝る前に一度出て除雪したが,夜半雪がテントに吹きだまってくる.朝起きてみると風雪.天気は悪い.しかし,これが冬山.で,7時出発. 出だし,クサリ場があって,強風で結構緊張する場所がある.小一時間で五龍山荘につくかとタカをくくっていたら,意外にしんどいところがあって,白岳を超えるころには2時間かかってしまった. 降りると,五龍山荘のあたりには人がかなりいる. もう降りません?という話になって,いいけど.おれは.サワンチは,なんだかいきたそう. 遠見尾根を降り始める.トレースはあるもののやっぱり長い.急速に天候が回復し五龍から鹿島槍まで、ことにカクネ里と北壁がよくみえる.どういう具合か、唐松はあいかわらず濃いガスの中だ。12じころにようやく小遠見につく.やれやれ.スキー場はまだか?地蔵の頭につくと,ふたりはテントを干したりして待っている. ゴンドラ乗り場までいくが,最終は16時30ころで五龍にいってたらまにあわなかったなと思う. 下に降りてタクシーを呼んで神城の駅までいくとなんといきなり名古屋行きのしなのがやってくる. 富山に帰るサワンチを残してブリ平と名古屋まで帰る.



    *写真の日付がまちがってました。本文が正しいです。

    京府大山岳部

    もとにもどる